保健所職員の仕事は簡単でやりがいあり

今から15年以上前の話ですが、私は保健所の職員として働いていました。私はその保健所で主に、原爆被爆者の方の被爆者手帳の交付や、健康管理手当など、手当てに関する支給事務を行っていました。また時には原爆被爆者の健康診断に関する受付事務もやっていました。その仕事が今考えてもとても楽なものだったので印象に残っています。
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ご存じのとおり、原爆被爆者の数は年々減少しています。
当時でも状況は同じで、被爆者手帳の申請件数は、1週間に1~2件くらいとかなり少ないものでした。
ですから、その事務を担当していた私の仕事もそれに伴ってとても暇で楽なものでした。
さらにその仕事内容に関しても、被爆者手帳の認定や各種手当の認定はじめ多くは県がやっていたので市町村の事務員としての仕事は簡単なものでした。受け付けた書類をチェック後、コピーしてファイルに保存。申請書類をそのまま封筒に入れて、市役所庁内の郵便受けに入れ県に送るだけでした。毎日、書類をコピーして、郵送するの繰り返しがメインの仕事だったのです。
あとは、時々やってくる原爆被爆者の関係者への応対も業務のひとつでしたが、窓口にお越しになる方は多くても1日に10人ほど。少ない時は3人くらいの時もありました。ですので、一人一人とじっくり話をすることができ1人につき、20分から30分の時間をかけて、受付や、相談などの応対をしていました。たわいもない世間話をしたり、戦時中の苦労話を聞かせていただいたり。そのようにコミュニケーションをはかることで喜んで下さって、「ありがとうございました」と丁寧にお礼を言って下さる方が多かったです。
仕事としてはのんびりとした簡単な仕事でありましたが、人に喜ばれるやりがいのある仕事だとも感じていました。平常時以外の仕事では、原爆被爆者の健康診断が1年に2回ありそのお手伝いもしていました。健康診断の採血や問診などは、県の専門機関がやっていましたので、市役所の職員がやることといえば、受け付けや、健康診断の日程調整をするくらいでしたが。それらの作業も、そんなに骨の折れる仕事内容ではなく簡単で楽なものばかりでした。
原爆被爆者の数は当時、市内全域で1500人くらいで、実際に健康診断に来られる人は3分の1くらいでした。健康診断は2週間ほどの期間がありましたので、一日に健康診断に来る人の数は40人くらいと、受付の仕事量としてはちょうど良いくらいの人数でした。
原爆被爆者の関係事務は仕事が簡単である一方、やりがいもあり私には向いている仕事でした。私は、ずっとこの仕事をしたいと思っていましたので人事異動の希望を上司に聞かれたら、いつも「保健所勤務を希望します」と答えていたものです。ですが、残念なことに数年間勤務の後、他の部署に異動になってしまいました。
     (楽な公務員の仕事の体験談 40代女性)

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