楽しかった!30年前甲子園球場バイト

時は1986年。我が阪神タイガースが優勝した。その年、私は大学生で甲子園球場でアルバイトをしていた。その仕事内容は主に切符切りで、ときにはファールボール拾いや席案内もやった。あの当時は延長戦の規制がなかったので、試合が終わるのが夜の10時や11時になるのもザラだった。アルバイトがスタートは昼の2時から。終わるのは深夜ということもあった。でも、楽しかった。
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なんせ、大好きな阪神タイガースの試合をタダでみることができるのだから。優勝をかけた試合が続いたのでファンの狂気はすさまじいものがあった。私たち大学生のアルバイトたちも熱狂するお客さんたちを必死でさばいていった。ときにはお客さんともみ合いになったこともあるが、気持ちはひとつだった。優勝、日本一、これだけしかなかった。
アルバイトを通していろんな選手にも会うこともできた。今考えるとアルバイトという立場で良くないことだが、掛布、岡田、バースの三羽烏にサインをねだったこともある。当時阪神タイガースの会長であった小津さんを、一般客が切符を持たずに入場しようとしていると思って止めてしまい、先輩にこっぴどく怒鳴られたこともあった。
そんな甲子園球場でのアルバイトスタッフは、基本的には運動部のような雰囲気。体育会系の大学生が多かった。だから上下関係にとにかく厳しかった。一年でも先輩なら神、下なら奴隷という扱いだった。アルバイトスタッフの配置場所は、外野と内野があるが、外野の方が暇で仕事がラクだった。とはいえ、ホームランがくるとき外野ではホームランボールをとろうとするお客さんたちで大乱闘が起こる。だから、外野に配置されたアルバイトスタッフはその場を鎮めるので大変だった。今となってはいい思い出ばかりだ。
アルバイト中に、タイガースファンの女性に声をかけ結婚した奴もいた。いまでも家族5人で阪神甲子園球場にかよっているという。だれでもが阪神タイガースを通して心を通じ合える、そんな空間だった。昼飯はうどんをタダで食べれた。大学生の先輩アルバイトスタッフが機嫌がよいときは、グレードの高いランチを食べることができた。有名なタイガースのお好み焼きランチだ。当時大学生だった私は、その味に毎回感動しありつける度に小躍りしたものだった。ちなみに、その大学生の先輩は、このアルバイトを辞めた後はガードマンを経て、警察官になっている。今では随分出世してお偉いさんになっているそうだ。
話を戻そう。当時でも一番燃えるのはやはりジャイアンツ戦だった。ジャイアンツの選手が乗っているバスには、たばこ、たまご、たこやき、おこのみやきなどなど、あらゆるものが飛んだ。「死んでまえジャイアンツ」「いてもたれ!!」タイガースファンたちの怒号が飛び交い、ステテコ一丁のオッサンがバスの前に躍り込んだこともある。そのときは、さすがに私たち大学生のアルバイトたちも大笑いしたものだ。今でも瞼にその光景が浮かぶ面白い出来事だった。
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あれから30年近い歳月が流れた。当時大学生だった私もいい年のおじさんになった。いろいろ大変なこともあったが、今考えてもあんなに楽しいアルバイトは他にないと思う、次のタイガースの優勝はいつなのだろうか、金本監督たのんまっせ!
   (大学生時代の楽なアルバイト体験談 50代男性)

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