証券会社、知的障がい者施設、教育研究機関と転職して思ったこと(30代男性)

私は以前、ある知的障がい者施設に勤務しておりました。私自身教育学部を卒業後は一貫して教育畑に身を置いていました。

学校教育の中でいろいろな面で難しいとされておるのが特別支援学校、これは間違いありません。

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生徒はとてつもない勉強量が必要です。18歳までに何とか社会で不自由のない生活がおくれることを目標に子供達は頑張るわけです。

しかし現実は甘くはなく、なかなか社会は受け入れてくれません。そこでこうした施設に入所せざるを得なくなるのです。

現在の医学では、1・3・5歳の検診にて知的障害との判断がされても養育によって改善し、完治も見込まれるという所まで医学は進歩しております。

中学生からとなると、もう遅すぎです。一生知的障害児となる可能性が高いと言われています。また一人で生きていく事は基本的に困難となります。

この時点でほとんどの親御さんがショックを受けます。知的障害の方はとっさの行動が多いものですから疲れてしまう訳です。

親御さんでも疲れてしまうわけです。ですから、学校に迎えに行き、宿泊し、そこから学校へ送り届ける、こういった施設が必要というわけです。

なかには子供を邪魔な存在と扱う親御さんもいらっしゃいます。実際に働いてみて、そういう光景を観たときすごくやるせない気持ちになったものです。

とは言え職員としては、親御さんの苦労を考えたら厳しく責めることなどできるはずなどありません。

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 私自身はそれまでは証券会社にその前は勤務していました。証券会社の営業マンと似たところがあるかと思います。

証券会社は手数料が営業利益となるので株価が暴落した日には笑いが止まりません。

売り注文が止まらないとまらない、それは給与や賞与に反映され、破産されてしまう方もいます。しかし心の中では笑いが止まりません。

目の前のお客さんが苦しんで下されば苦しんでくださるほど営業マンはもうかってい方ないので。

障害児の施設も中身は同じでした。涙ながらに話してくださる親御さんを前に、では手続きを、では手続きを、別にどんな障害でどうなるかなんて知りませんといった態度の同僚もいました。

「死ななきゃ大丈夫」毎日こう聞かされてはショックを受けていました。NPO法人でこうした施設を行っているところもありますが、なかには営利目的であるところも少なくないと聞いたことがあります。
銀行からも融資を受けている事業所も多数存在します。

正直言って裏社会の仕事、こういってしまってかまわないと思い私は転職を決意しました。もちろん、きちんとした施設もたくさんあるのでしょうが、少なくとも私が働いていた施設はどうしようもない現場でした。

入所者が死亡、ここまで行くとニュースになりますがその手前でしたらニュースにはなりません。恐らく今日も明日もサウンドバックにされている障害者の方々がこの国のどこかにいます。

幸い、転職に成功し、今は堂々と胸を張れる教育研究機関に転職しました。まともな人間の社会に戻ってこれた、本当にうれしくてたまりません。
 
 (転職の体験談 30代男性)

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