転職した元塾講師が感じた日本の教育の矛盾点(50代男性)


現在50代の男性です。数年前転職をして、現在は教育機関で働いています。

転職するまでは、学習塾で20年ほど教えていました。私は主に中学生、高校生を対象に特進クラス(成績の良い生徒を集めたクラス)で教えていました。

20年も教えていると、本当にいろいろな生徒がいました。とりわけ難関といわれる大学・高校に合格した生徒たちのその後を見ると、本当にさまざまだなと思います。

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難関校に合格する生徒は努力家で記憶力もよいですから、その後もサクセスロードを進んでいく生徒も確かに多いです。しかし、志望校に合格するという目標を果たした後、燃え尽きてしまい音信不通状態になってしまう生徒も少なからずいました。

学習塾で教えていて私はある矛盾を感じていました。それは、受験の世界における成功と、生徒の成功は必ずしも結びつかないということです。

日本の教育、とりわけ受験産業においては一律に「偏差値を上げる」「良い学校に行く」ということが目標として掲げられています。

しかし、私自身教壇に立っていて、時々それに疑問を感じていました。

例えば、読書好きで大人もびっくりするほど、本当にいろんな知識を知っている生徒がいました。しかし、本人は数学があまり好きではありませんでした。しかし、「受験に出るから」という理由だけで、その生徒は苦虫をつぶしたような表情で数学の問題を解いていたんですね。

私はそんな光景を見るたびに「そんなことをさせていていいのか?」と思いました。というのは、人には適性というものがあるからです。

この生徒に数学を半ば強制的に学ばせることで、本人は果たして幸せになれるのか?と疑問に思ったのです。

受験勉強が好きな人は今のままでもいいかもしれませんが、そうでない人も含めてみんな椅子に座らせて勉強させることで本人の幸せになるのかな?ということです

というのは、入試問題で出題される範囲の知識というものは、もちろんあるに越したことはありませんが、極めなくても十分幸せに暮らしていけると思うからです。むしろ、受験に出ない範囲の知識やスキルが実社会では重要だったりします。

また、社会に出ると「正解のない問題」を解くことが重要になります。しかし、受験では「正解がある問題」について、どれだけ細かい知識を暗記しているかどうかが問われてきます(もちろん思考力を問われる問題もあるわけですが)。その点についても、こんな豆知識のような細かいことを知っていても・・と思わざるを得ませんでした。

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私は、教育業界に必要なのは、生徒自身が好きなことを見つけてそれを伸ばしてあげるような指導ではないかと思います。しかし、現状のシステムではそれは難しいと感じます。入試問題の切り口を変えたりAO入試枠を増やしたりするくらいでは何も変わらないと思います。

一方で、今の社会に新しいものをつくるには「失敗してもいい」という空気感をつくることも必要だと思いました。試験でミスをしたら反省を促すような教育ではなく、ミスを許し、生徒が自然と自由に学ぶことの楽しさを味わえるような空気感ですね。そこあたりは、生徒たちが社会に出て仕事をしていく上での価値観にも直結すると思います。

いろいろ考え、私は受験産業から転職をしました。今は違う視点から何かできればと教育機関で仕事に従事しています。

(教育と仕事について 50代男性)

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